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zoom RSS 岡山の義父を悼む

<<   作成日時 : 2014/02/06 21:47   >>

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脳梗塞を2度患い、不自由な右手足ながらも気丈夫に暮らしていた家人の父親。
一昨年、卒寿を皆で祝ったものの、昨年秋から入院生活に入り、先日(2月2日)に天寿をまっとうした。
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1月31日(金)危篤の報が入り、家人が急遽現地に向かう。
一旦持ち直したものの、予断を許さない状態との事で、翌2月1日(土)車で岡山へ駆けつける。

弱まった意識の中でも私の呼びかけに応えてくれ、その後小康状態が続くかに思えたが、
2月2日(日)午前11時50分見守っていた家族が気づかないほど安らかに、静かに息を引き取った。

享年93歳(満91歳)。
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義父は戦中、戦後を一生懸命生き抜いた人だった。
海軍に召集され戦艦「伊勢」に乗船、レイテ沖海戦、北号作戦を体験し奇跡的に戦死を免れ終戦を迎えた。
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戦後、小学校教員として岡山の小学校に務め、以降、教頭、校長としても長く教育現場一筋の道を進んだ。
定年退職後は、公民館の行事、地域の活動、菩提寺の檀家総代等々、ここでも地域の人々と深く繋がる生活を過ごした。

家庭では3人の娘、その主人、7人の孫に恵まれ、孫達の結婚式全てで祝辞を述べられた事を喜んでいた。
孫達の子供(曾孫)11人にも出あう事ができ、皆から届けられる写真を張り巡らして、その成長ぶりを楽しんでいた。

古式泳法の免許を持ち、剣道、馬術の経験も深く、春・夏・冬の休みに集まってくる孫達を引き連れて、キャンプ、海水浴、バーベキュー、山登りでも指導的役割を率先していた。

平成22年7月には地域の教育・文化活動への貢献を認められ、「瑞宝双光章」を叙勲。
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通夜、告別式には教え子、同僚、後輩、地域住民が多数参列し、故人を弔っていた。
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昭和・平成の時代を、地域と家族の為に信念を持って生き抜いた義父。
想いは大きく深い。

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