懐かしき幼少年時代の地「服部」

「年齢を重ねると、幼少年時代の記憶をたしかめようとしたり、家系などを調べたりする傾向があるようだ。
それは時間の余裕ができたこともあるが、死が訪れるまでの間に、曖昧な事柄をすべて明確にしたいという心理が働くからではないのか」《吉村昭「遠い幻影」から引用》

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師走最初の休日は小春日和。
幼少時代9年近くを過ごした服部(大阪府豊中市)の懐かしい場所を訪ねてみた。
そこで暮らしていた時から既に50年以上が経過している。
当然大きく変わっている事は予測されたが、当時の面影が随処に見出され、懐かしい想いがこみ上げてきた。

阪急宝塚線服部駅の雰囲気は昔のまま。
駅前広場にタクシーが客待ちし、本屋さん、喫茶店が、当時の場所で今だ店を開いてた。

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駅の南「服部天神」の境内はもっと広かった想いがあったが、子供の目線の所為だったからだろう。

過ぎ去った歳月を反映した駅前商店街の変遷を感じながら、産業道路を渡り、当時の住まいへと向かう。
先ず前を通ったのは当時の風情をそのまま残す「服部幼稚園」と大きなマンションに変わってしまった公設市場跡。

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足は自然と昔歩いたまま住宅街の中を通る道をたどり、(当時の)家の前に着いたが、そこは駐車場となっていた。

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小鮒すくいし「天竺川」は堤防が整備され、下まで降りて行けなくなっていたが、これも昔を彷彿とさせる風景。

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同級生の多くが住んでいた団地は新しく建て変わっているものの、前の酒屋さん、近所にあった病院(昔、”脳病院”と言って子供達は恐れていたが、今は近代的な総合病院になっている)など、昔を想い出す環境はあちこちに見受けられた。

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兄妹揃って通った「城山幼稚園」は、木々に囲まれた小高い場所のお寺に隣接していた。
周囲は開け、お寺も手が加えられていたが幼稚園は昔のままだった。(後で聞いたが、つい最近に閉園されたとの事)

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6年間通った「中豊島小学校」。PTAのお母さん方に許しを得て、校内にも入らせて頂いた。

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「二宮金次郎」の像は昔のまま。

3時間近く歩き回ったが、それぞれの場所がこんなに近かったのかと、子供の足と大人の足の違い、目線の違いを再認識した。

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今回の「服部」探索の仕上は、「曽根」駅前の「Tanne」で遅めの昼食。
このお店は小学校同級生のお家が経営する珈琲、パスタ、ピッツァが有名な老舗喫茶店。
店主のお姉さんがいらっしゃって、昔話と、美味しいピッツァとビールを楽しんだ。



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この記事へのコメント

ムーミンママ
2016年02月13日 13:27
私も生まれてから小学校5年まで服部に住んでいました。しろやま幼稚園はどうなってるかな?と思い検索していて このページにたどりつきました。
閉園になったんですね。残念です。そして、小学校も同じです。懐かしいです。私も時間が出来たら1度訪ねてみようと思います。

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